「動けない」の正体は、怠けでも甘えでもない
不登校、あるいは不登校気味のお子さんを持つ保護者の方から、こんな相談をよくいただきます。「うちの子、ゲームはできるのに学校には行けないんです。怠けてるだけじゃないかと思ってしまって……」。
気持ちはわかります。でも、断言します。怠けではありません。
文部科学省が2025年10月に公表した令和6年度の調査によると、小・中学校の不登校児童生徒数は約35万4千人で12年連続の過去最多でした。そしてその要因の約6割が「無気力・不安」とされています。ゲームができるのに学校に行けない状態は、「やる気がない」のではなく「自信を失っている」のです。大人の常識は通用しません。大人なら「とりあえず行ってみよう」と割り切れますが、子どもの脳はまだその切り替えが難しい。失敗の記憶が強く残り、「また同じことが起きるかもしれない」という不安が足を止めているのです。
筆者は小学校教諭として10年、その後中学受験コーチとして8年、合わせて1,500件以上の保護者面談を重ねてきました。朝6時に起きて娘の登校準備をしながら、毎朝「今日のこの子は何にワクワクしてるかな」と観察する日々を続けています。その経験から言えることがあります。動き出せない子に必要なのは「がんばれ」ではなく、「好き」の再発見です。
なぜ「好き」から始めると子どもは動き出せるのか
不登校の子どもが再び動き出すきっかけについて、教育心理学の研究が繰り返し示していることがあります。それは「自己効力感の回復」が最初の一歩になるという事実です。
自己効力感。聞き慣れない言葉かもしれません。ざっくり言うと「自分にはできる」と思える感覚のことです。この感覚が枯渇すると、人は新しい行動を起こせなくなります。大人でも同じですよね。仕事で連続して失敗したら、次のプロジェクトに手を挙げるのが怖くなる。
子どもの場合、この自己効力感を最も自然に回復させるのが「好きなこと」です。好きなことには没頭できる。没頭すると「できた」が生まれる。「できた」が積み重なると「自分は大丈夫かもしれない」と思えるようになる。このループが回り始めると、学校という場所への恐怖も少しずつ薄れていきます。
ポイントは、いきなり「勉強」や「登校」をゴールにしないこと。子どもを主語にしましょう。「親が安心したいから学校に行ってほしい」のではなく、「この子が何に心を動かされるか」を起点にする。順番を間違えると、せっかくの芽を踏みつぶしてしまいます。
ステップ1:「好き」を観察して見つける――問い詰めない、ただ見る
最初のステップは、お子さんの「好き」を見つけることです。ただし「何が好きなの?」と正面から聞くのは逆効果になることが多い。不登校気味の子は「正解を求められている」と感じやすいからです。
やることはシンプル。観察する。それだけです。
YouTubeで何を見ているか。本棚のどの本が手垢で汚れているか。ゲームのどんな場面で声が大きくなるか。こうした日常の断片に「好き」のヒントが散らばっています。
筆者がコーチングで伴走していた5年生の男の子は、登校渋りが続いていました。お母さんは焦っていた。でもよく話を聞くと、その子は冒険小説が大好きで、図書館で借りた本は3日で読み切るような子だったんです。「好き」はもう目の前にありました。見えていなかっただけです。
観察のコツは3つ。①1週間は口を出さずに見守る。②気づいたことをメモする(スマホのメモ帳で十分です)。③「へえ、それ面白そうだね」と興味を示すだけにとどめる。親が「それを活かして何かしよう」と先走ると、子どもは引きます。
ステップ2:「好き」を小さな成功体験に変換する――評価の場をつくる
「好き」が見えてきたら、次はそれを「成功体験」に変換します。ここで大事なのは、成功のハードルを親が勝手に上げないことです。
テストで100点を取る必要はない。コンクールで入賞しなくてもいい。「自分がやったことを誰かに認めてもらえた」という経験が、子どもの自己肯定感を少しずつ埋め戻してくれます。
先ほどの冒険小説が好きだった男の子の話を続けます。筆者はお母さんに「読書感想文を一緒に書いてみませんか」と提案しました。好きな本の話なら、その子は目を輝かせて語れる。その言葉を文章にする手伝いを、お母さんと筆者で行いました。本人の言葉を大事にして、一緒に推敲を重ねた。結果、校内コンクールで満点をもらい、担任の先生に褒められたんです。翌週、その子は自分から学校に行きました。
これは特別な話ではありません。「好き」×「小さな発表の場」=「認められた体験」。この公式は、どんな子にも応用できます。料理が好きなら家族に夕食を一品作ってもらう。絵が好きならSNSに匿名で投稿してみる。ゲームが好きなら攻略記事を書かせてみる。形は何でもいいんです。
ステップ3:親が「待てる自分」を育てる――焦りの伝染を止める
3つ目のステップは、実は子どもではなく親自身に向けたものです。
親が緩むと子も緩みます。これは逆もまた真で、親の焦りは確実に子どもに伝染します。中学受験のコーチングをしていると、直前期にこの現象を何度も目撃します。6年生の冬、過去問で点が取れなくて「もう無理」と泣いた子がいました。塾の先生は「メンタルが弱い」と言った。でも筆者が見たのは、追い詰められた子どもではなく、不安で眠れなくなっている親の姿でした。
保護者に1時間電話をして伝えたのは「点数より先に、お母さんが肩の力を抜いてください」ということだけ。数日の休養後、その子は自分から過去問を解き始め、最終的に志望校に合格しました。
不登校の場合も構造は同じです。「いつになったら学校に行けるんだろう」という親の不安は、言葉にしなくても子どもに伝わっています。表情、ため息、スマホで「不登校 いつ治る」と検索する姿。子どもはそれを見ています。
具体的にできることを3つ挙げます。①「学校に行く/行かない」以外の話題を増やす。天気の話、今日のごはんの話、何でもいい。②親自身の趣味や息抜きの時間を確保する。筆者の場合は、娘と一緒にベランダの家庭菜園でトマトの世話をする時間が救いになっています。③同じ境遇の親と繋がる。自治体の親の会やオンラインコミュニティで「うちだけじゃない」と知るだけで、肩の力は抜けます。
2026年、不登校支援の環境は少しずつ変わっている
最後に、前向きな変化にも触れておきます。
2026年現在、高校入試の調査書(いわゆる内申書)から「出欠席の記録」を削除する都道府県が増えています。不登校だったことが直接的に進路の不利にならない仕組みが、少しずつ広がっているのです。
また、文部科学省は2025年度から、1人1台端末を活用して児童生徒の見えにくいSOSを可視化する取り組みや、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカーとの連携強化を進めています。「学校に戻す」だけがゴールではなく、フリースクールやオンライン学習を含めた多様な学びの場を認める方向に、制度そのものが動き始めています。
お子さんが今、動き出せなくても大丈夫です。「好き」を見つけて、小さな成功体験を一緒に積んで、親自身が焦りを手放す。この3つを意識するだけで、状況は変わり始めます。子どもは、大人が思うよりずっと自分の力で立ち上がれる存在です。
FAQ
Q. ゲームばかりしている子の「好き」もゲームでいいのでしょうか?
はい、問題ありません。ゲームの攻略法をまとめる、友達とオンラインで協力プレイをするなど、ゲームを起点にした「できた」体験は立派な成功体験です。大切なのはジャンルではなく、本人が没頭できるかどうかです。
Q. 「好き」が見つからない場合はどうすればいいですか?
焦る必要はありません。2週間ほど口を出さずに観察を続けてみてください。それでも見えてこない場合は、子ども時代に好きだったことを一緒に振り返るのも有効です。「小さい頃、虫取り好きだったよね」といった声かけから糸口が見つかることがあります。
Q. 学校に行かないまま「好きなこと」だけさせていて、勉強が遅れませんか?
遅れは取り戻せます。文部科学省の調査でも、不登校経験者の多くがその後進学・就職しています。むしろ自己肯定感が回復しないまま無理に勉強させるほうが、学習効率は大きく下がります。順番として「心の回復→学びへの意欲→勉強」が最も効率的です。
Q. 配偶者や祖父母が「甘やかしすぎだ」と言ってきます。どう対応すればいいですか?
家族の理解を得るのは大変ですが、文部科学省の資料や自治体の不登校支援ガイドを共有すると説得力が増します。「怠けではなく、自己肯定感の回復が必要な状態」という客観的な説明が、感情的な対立を和らげてくれることが多いです。
参考文献
- 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査 — 文部科学省, 令和6年度
- 不登校の要因分析に関する調査研究 報告書 — 文部科学省委託事業・子どもの発達科学研究所, 2024年3月
- 子どもに必要な成功体験例と、成功体験を自己肯定感向上につなげるための取り組み方 — 天神メディア
- なぜ小中学生の不登校は急増している? 背景にある「身体・心・社会」の問題を専門家が解説 — 立命館大学 shiRUto
- 令和6年度調査結果を踏まえた対応の充実について(通知) — 文部科学省






